昔語り(便所編)

誰も語らないうちに風化する話と言うものがあって、それがしょうもないものであればあるほど記録が無くなってしまうものである。たぶん、昔のポットン便所の時代について書かれた話は無いであろうから、記憶を辿って書く価値があると思う。


1960年代の幼少期は、東北沿岸部の母方の実家に住んでいた。その頃の家の作りは、玄関から土間が中庭まで続く構造になっており、家の一方の橋に土の廊下があるようなものであった。トイレは中庭の端に小屋として独立して作られていて、中に入って用をたす様になっている。ちなみに大便専用で、小便はすぐそばにあるセキ(土掘って作った排水路)に直接行うのが常であった。


トイレの紙は新聞紙、使用後の紙は据え付けのゴミ箱に捨てて、乾いたころを見計らって婆様が庭で燃やしていた。汲み取りその当時も既にバキュームであった。人糞肥料を扱っているところは殆ど無かったと思う。


夜にトイレに行くのが一番の難関で、小屋には電気が付いてなかったのでローソクを持って向かうわけである。ローソク立ては薄いプラスチックで出来た筒状のものに上下金属製の蓋を付けたようなもので、提灯よろしくそれを持って用を足しに行くわけだ。幼児の身であっても、夜中のトイレは一人で行くのが当たり前で、最中にローソクに火が消えたときはえらく大変だった記憶がある。


婆様は呪文として「よぐそどんよぐそどん、ひるはいいがよるわだめだぁ」と3度唱えよと言っていて、純朴だったその頃は毎度唱えていたけれど、効き目があった様な記憶は無い。